2008年10月3日金曜日

歴史に学ぶ? 日経新聞「私の履歴書」 野依良治

「歴史に学ぶ」というキーワードを幾度となく目にし、耳にしてきましたが、僕が理解しているその意味は大体次のようなものだと思う。
先人が苦労し乗り越えてきた、あるいは挫折した苦難の経験から導き出されたある種の確信に対して、多くの人達はあまりにも軽視し過ぎているのではないだろうか?
つまり、連綿と繰り返される歴史的な事象のサイクルの中で、過去の歴史から学ぶべきものはたくさんあるはずなのに、なぜその貴重な教訓を未来への経験則として適用することが出来ないのだろうか?といった文脈になります。
例えば今回の米国経済の急激な失速に対する様々なコラムの中で、次のようなものがありました。
投資家にとって、最も損失を広げてしまう思考キーワードは「今回は違う! This time is different.」であるというものです。
何となく言いたいことはイメージできます。既に経験したものであっても過去の教訓を活かすことが難しいのに、経験したことのないことに対しての教訓を教訓として素直に受け入れられる人こそ、本当の意味で大きく成長できる人なんだろうなあと思います。
それ程歴史がない我々が属するITの業界でさえ、技術的なトレンドにサイクルは確実にあります。そのサイクルトレンドに対して、「今回の技術は全く違う革新的なアーキテクチャだ!」と思い込みたい気持ちは若い世代ほど旺盛だと思います。しかし、そこで先人の貴重な教訓を経験則として素直に取り入れられる人こそ大成するひとだと私は確信します。

話しは大きく逸れますが、日経新聞の最終ページに「私の履歴書」というコーナーがあります。
毎回、著名人が自分自身の半生を伝記風に語るもので、毎日掲載され、一ヶ月で完了します。従って、面白い人とそうでない人が出来てくるのですが、面白くない人の場合の1ヶ月間はあまり読む気になれません。9月は、野依良治さんというノベール賞を受賞した科学者だったのですが、申し訳ないのですがはっきり言って全く面白くありませんでした。
しかし、9月30日の最終日に掲載された内容は、とても胸が熱くなる名文でした。まさに辛酸を舐め、苦難を克服した偉人が語るからこそ響く言葉です。

野依良治 -------------------------------------------

70年前に日本に生まれた。半世紀にわたり自然科学を学び続け、教育と研究、また科学技術の世界に身を置いてきた。
多くの方々の指導と支援をうけ、実社会で経験を積みながら活動を続け、今日の私がある。先進欧米諸国と発展するアジア諸国の様々な側面を見る機会も得た。
志を抱く若者の本質は変わらずとも時代は移る。わが国は半世紀の間に経済大国たる目標を実現した。しかし、グローバル化や情報技術を含む著しい技術革新、女性の社会進出、少子高齢化、都市化や過疎化に伴う社会環境の激変によって、大人と子供、青少年の双方の行き方や価値観は大きく変容した。さらに経済効率偏重主義の蔓延による精神のゆがみは、多くの人が憂慮するところだ。

私自身、美しい自然と四季に恵まれた日本に生まれ育ったことを本当に幸せに思う。長年にわたって培われてきた文化は、誇りであり心のよりどころである。温故知新、次世代を担う若者も我々がどこから来たのか、どこへ行こうとしているのか、自ら確認の必要があろう。人間形成には、家庭における子供の確実なしつけと徳育が大前提だ。責任を持ってお願いしたい。

戦中戦後の我々の幼少時代は本当に貧しかった。両親達から衣食住に関わる様々な事柄を習い、日々の生活を通じて実践し、家庭の一員としての責任感を培った。学校や地域社会からは、多用な友人達との関わりの中で社会規範、公徳心などを学び、社会に生きる術を身につけていった。そして我々の世代はどの国の人達よりも勤勉に働き、先人が築いてきた礎の上に豊かな文明を作ってきたとの自負を持つ。よき伝統とは継続に宿る本質である。
日本人が持ち続けてきた「かけがえのない」価値を是非若い世代に伝えたいと思っている。くわえて時代に応じた革新も必要だ。たとえば明日にいかなる世界が開けようとも、常に健やかな心を養い、まっとうな自然観と人生観をもって生きてなければならない。芸術や文学と共に、自然科学はこれを大いに助けるものであると信じている。

人々は皆、自律して豊かな人生を送りたいと願い、それぞれに知性と感性磨き、技術を身につける。しかし、立場の違う多くに人と対話し、理解しあい協調することなく生きてはいけない。節度ある行動は個人や法人団体のみならず世界中の国家にも求められる。極端な競争主義から協調主義に移行せずして、人類の存続も保証の限りではない。
今こそ二十世紀の軍事的、経済的統治ではない「文化的統治」が必要だ。現代、なにゆえに日本の国際的存在感が薄いのか。
我が国は国柄を依り明確に定め、日本人の価値観、思想の正当性をグローバルに発信、流布して理解を求めなければならない。四方を海に囲われた日本は、世界に開かれた国である。新しい世紀にふさわしい展望を持ち、他の国々と手を携え、広く人類社会に貢献する国をつくろうではないか。全ての世代の奮起を期待している。

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