2011年10月31日月曜日

通勤ウォーキングの再開



夏の間は汗が噴き出すために一旦やめていた早朝の通勤ウォーキングだけど、そろそろ涼しくなってきたんで先週から再開。
しかし、早歩きするとまだまだ汗が出るくらいの陽気だ。
今朝は昨日の雨のせいか、快晴なのに霧がかかっていて幻想的。
先週の人間ドックの結果のこともあってか、歩く速さに気合いが入る。

2011年10月18日火曜日

男子日本体操界のスター 内村航平



週刊誌の記事などでは、「内村航平のドヤ顔」というキャッチをよく見かけた。
この写真では爽やかな感じが支配的だが、テレビ中継などではもっと違う印象になる。
敢えて言うと、少し屈折した若者によく見受けられるニヒルで斜に構えた表情が印象的だ。
普段の生活の中でもこういった表情をすることは基本的に良くない・・・というか、社会生活においては「損」なはずだ。
しかし、分かっていてかいなくてか、こういう表情で構える一般の若者をよく見かける。
特別に賞賛されるべき人・・・世界の内村航平だからこそ許される表情であることを自覚すべき若者は多い。
そこには越えてはならない厳然たる一線が確かに存在することを認識すべきなのだ。
一般人は一般人であってスターではないのだ。

・・・と、エラそうに書いてしまったが、
彼の演技をみると、想像をはるかに超える壮絶な練習の積み上げがあったに違いない。
みる者すべてを純粋な感動で満たしてくれる彼の演技に私は完全に酔いしれた。

読売新聞のオンラインニュースにこんな記事があった。



15日午後4時15分頃、名古屋市のJRの車掌から、「乗客同士が言い争いをしている」と、JR東海総合指令所に連絡があり、署の調べでは、母子が座れずに立っているのに気づいた男性が、「誰か席を譲ってあげて」と呼びかけたが、譲る人がいなかったため立腹。
座っていた乗客の男性1人と言い争いになったという。

かなり頻繁にどこでもありそうな事件だが、どうやらネットでは当事者の男性に対してのバッシング一色になっているらしい。

「やらない善よりやる偽善とか言うけど、迷惑にもほどがあるわ!わりと本気で死んで欲しい。」
とか、
「自分の正義に必死なやつはホントうざい。」
とか、
「本人の意思を無視していいことした気分にでもなってるカスは死ね」
といった意見が圧倒的だった。

そういう意見を持つ人の気持ちは意外に理解できるし、ある程度の人数になるのも予想できる。
確かにこの男性の行為は適切ではないし、うざいタイプの人なのだろうが、ただそれだけの人ではないか。
それに対して本気で反応する人たちの意見が支配的なのは寒過ぎる。
人間として本質的に情けない人たちはいったいどちらだろう?

2011年9月30日金曜日

Amazonバーゲンコーナー



昔に買ったLPレコードの中でもCDで聴きたいものもかなりある。
しかし、またCDを買うとなると経済的にも少なからず躊躇があって、本当に欲しいと思えるものしか買っていなかったのが現実。
ただ、このところAmazonから頻繁に50年代後半から70年代前半のいわゆる名盤のバーゲン案内メールが舞い込んでくる。
その価格がなんと800円とかなので、ついついまとめ買いしてしまう羽目になっている。
おかげで毎月のお小遣い予算をオーバーしてまとめ衝動買いという月が続いている・・・。

それにしてもこの年代の4ビートJazzやBluesは、音楽的にホントに豊かな時代だったんだなあと、つくづく感じる。
これ以降の音楽は良くも悪くも商業主義をベースとした安直で無機質なモノが氾濫してきたので、良いものにめぐりあうのがホントに難しい。

世の中全体に、浮かれた商業主義を見直す流れが少しづつ出てきているので、本物の新しい音楽がもっともっと増えていって欲しいと思う。

2011年9月14日水曜日

新・堕落論―我欲と天罰 (新潮新書) [単行本]



新・堕落論―我欲と天罰 (新潮新書) [単行本]
石原 慎太郎 (著)

出版社/著者からの内容紹介
列島を揺るがせた未曾有の震災と、終わりの見えない原発事故への不安。
今、この国が立ち直れるか否かは、国民一人ひとりが、人間としてまっとうな物の考え方を取り戻せるかどうかにかかっている。
アメリカに追従し、あてがい扶持の平和に甘えつづけた戦後六十五年余、今こそ「平和の毒」と「仮想と虚妄」から脱する時である
----深い人間洞察を湛えた痛烈なる「遺書」

気持ちは分かるが、どうでもいい内容だった。
この人は、賛同できることを言うかと思えば、呆れてものも言えないことを主張したり、謎の人物です。
存在感とバイタリティには脱帽するが、「老害」であることだけは確かだと思う。

2011年8月31日水曜日

パタゴニアとグリーンピース・シーシェパード


最近、商品本来の価値に「もう少し違う何か」を付け加えて存在感(付加価値)と購買意欲を喚起する手法が色々と見受けられます。
フェアトレードっていう仕組みもそうですね。
安さを追求した大量生産ではなく、例えば、アフリカの民族物産などに対して、相応の対価としての利益を上乗せして支援していこうといった構図です。

「自然回帰」的なテーマで人気の「パタゴニア」もこの例外ではないです。
様々な自然保護に企業活動として取り組んでいます。
無農薬のオーガニックコットンのシャツは僕のお気に入りだったので、インターネット・オーダーなどでたくさん購入してました。

が、このパタゴニアが、シーシェパードなどの強力なサポーター企業だと知ってしまうと、なんだか複雑な気持ちになってしまった。
ホントに良く気をつけないと、意図しない反作用のリスクになってしまう。
とりあえず、もうオーダーすることはないと思う。

2011年8月26日金曜日

ジョブズって何者だ?


Apple・・・個人的な想い。結論は無い。
Appleという会社は私にとって一体何なんだろう?
今や巨大な時価総額をもつ会社に成長したアメリカンドリームの体現者達。

1995年あたりまではMacPlus~AppleⅡ~BlackBirdと私はずっとMacユーザーだった。
それ以降はWindows。また、MacBookAirに戻ろうと考えている。
iPod、iPodTouch、iPhone、iPadは使っている。

ジョブズは好きか?・・・・正直あまり興味は無いタイプだった。
ジョブズはビジネスプロヂューサーだったと思う。
ウォズニアックは好きか?・・・・好きなタイプだった。
でもウォズニアックはハード屋さんだったのではないのか?
Appleの真骨頂はMacだ。MacのキモはMacOSだ。
MacOSはパロアルトであり、Appleではなく、もちろんウォズニアックでもなかったはず。

ではAppleとは何者なのか?

製品自体のクオリティが一定水準以上であることは絶対的な前提条件だが、それにプラスしてApple社の製品にあるモノとは?
・・・そこを取巻く「おしゃれなデザイン」「楽しそうな雰囲気とイメージ」・・・そのあたりに秘密がありそうだ。
であれば、やはりトータルプロヂューサーとしての独裁者ジョブズがキモだったのか?
いや!違うような気がする。
ジョブスの行動パターンはどうも好きになれない。
そこから生れ出て来た製品群だとはどうしても思えない。
何かがあるような気がする。
しかし、ジョブズはAppleを追われた後にNeXTやピクサーといった個性的なベンチャーも立ち上げた。
ただ者ではなかったことだけは確かだろう。