2011年8月10日水曜日

官僚の責任 (PHP新書)



官僚の責任 (PHP新書) [新書]
古賀 茂明 (著)

Bookレビューより --------------------
辞職を迫られた改革派官僚“覚悟の証言”
「霞が関は人材の墓場」――著者はそう切り捨てる。
最高学府の卒業生、志を抱いて入省したはずの優秀な人間たちが集う日本最高の頭脳集団。
しかし彼らの行動規範は、「国のため」ではなく「省のため」。
利権拡大と身分保障にうつつを抜かし、天下りもサボタージュも恥と思わない……。
いったいなぜ官僚たちは堕落の道をたどるのか?

内容的には難しい内容ではなく、読み易く納得出来るものでした。
・・・が、一方で批判的な書評としては以下のような意見もありました。

他者を悪者にし、自分を正義のヒーローにするのは如何かと思う。
この国の政治が機能しないのは、主権者である国民の責任。
特に二十代は殆ど投票に行かずに芸能人と恋愛にしか関心を持たない。
やるべき事すらしないのに、他人のせいにすべきではない。
この国の主権者は私たちです。
それを自覚することが、一番大事なのです。

どちらの意見も正しいのだが、じゃあ一体これから一般国民はどうしたらいいの?
という複雑な思いに駆られてしまう。
官僚も、半官半民の大企業の人達も、既得権益に守られた企業で働く人たちも、きっとダメダメ人間です。
グローバルな競争にさらされている企業の人たちは、まだもう少しマシかもしれないけど、でもきっとダメ人間です。
志と品性をもって生きている人は少ないのが現実です。
でも、そのような時代に生きている私たちにはどうすることも出来ないことが多い。
じゃあ、せめて多くの人々を犠牲にしてしまうようなことだけはしない人間の生き方をして欲しいと願ってしまう。

2011年8月8日月曜日

お盆ってなんだろう?




仏教の行事に由来するもので、先祖の霊を迎え火でお迎えし、送り火でまだお返しするというものだと聞いて育った。
地方によってお盆の日にちが違うようだが、一般的には8月13日から15日の3日間。
うちの実家では、13日にお墓参りをし、ご先祖さんをお迎えし、15日の夜には流し火でお送りすることが行事になっている。
送り火に関しては、精霊流しのように大きなイベントになる地方もあるけど、我が家では私が子供のころまでは、ハスの葉っぱを船に見立てて、その上に少しのお供え物とロウソクを立てて、近所の小川に流したものだった。

京都などでは、いろんなお祭りがあって、季節感は折に触れてかなり楽しめるが、一般的に日本中で共有されている季節感は意外と少なくなっているので大切にしたいものだ。
そのほかには、お彼岸と春祭り・秋祭りくらいになってしまっているなあ・・・。

仏教に限らず、何かの宗教を精神的な主柱にして根差した倫理観・人生観は本当に大切なものだとあらためて思う。
宗教教育を背景にした道徳観の形成が最もシンプルなんだろうとも思う。
宗教観が強過ぎると身動きの取れない宗教戦争にまで発展するが、逆に宗教観のない国民の危うさも大きな問題になりつつある。

2011年8月1日月曜日

中国鉄道事故の報道がホントに多い。





この事故、今の中国という国を考えると起こるべくして起こったということだろう。
その後の対応も報道されている通りで、顛末の真相は明らかにはなっていないが、人命を第一に考えるという基本理念が浸透していないことがそもそもの根底にあることは間違いない。

この事故に関して言えば、中国という国の社会構造が良く見えて分かりやすい。
・・・が、一方日本はどうだろう?
確かに表面的には人命を第一に考えるということは、当たり前のように浸透しているし行動されているような気もする。
しかし本当にそうだろうか?例えば原発問題。
原発に投入されている本当の電力コストや、電力供給能力の本当の実態など、表面的には見えないところで、隠ぺい体質は強力に存在する。
そして、なお且つ、「安価な電力供給によって日本経済を支える」とか、「原発に関連する人たちの100万人規模の雇用を守る」といった大義名分を持ち出した時、本当に人命を第一に考えている国と言えるだろうか?
中国の鉄道事故などの比ではない大きな問題が今この日本に横たわっている。

2011年7月19日火曜日

日本の国は女子に任せよう!


女子サッカーのワールドカップ優勝をうけて管首相は以下のように語ったらしい。
菅直人首相は19日午前の衆院予算委員会で、サッカー女子ワールドカップ(W杯)での日本の初優勝について、
「先行されても諦めないという気持ちに全国民が勇気を与えられた」と述べた。
そのうえで「やるべきことがある限り、私も諦めないで頑張りたい」と語り、政権運営への意欲を強調した。

既に日本の経済社会は全然ダメダメだと私は思う。
社会構造の上の方でアグラをかいているおじいさん方。
ハングリー精神を忘れて官僚化(小役人化)してしまっているサラリーマン。
利権の構造にしがみついている既得権益者たち。
ポピュリズムに迎合する政治屋の人たち。
日本の社会は既にガチガチの袋小路だ。

一方、日本の女子の国際競争力は高い。(どの国の男からも好かれている。)
おそらく日本の男は最低レベルに近いであろう。
女性に厳しい男社会の中でたくましく生きている本物の日本女子に日本を引っ張って行ってもらおう。


「同日昼には日本女子代表チームが首相官邸を訪問する。」らしい。
恐ろしい発言が起こりそうな予感が・・・・。

2011年7月15日金曜日

首相、脱原発依存「個人の考え」 閣内から批判相次ぐ



不思議なことが続いている。
管首相は確かにどうしようもない人だろう・・・・しかし、安易に原発の再稼働をさせるのは問題だ・・・という首相方針は、誰がどう考えても正しい。
根回し不足や、突然の方針変更で、玄海原発周辺住民や政府関係者など周りをグチャグチャにしてしまったとしても、それは正しい。
にもかかわらず、そのことを積極的に報道するマスコミの論調を聞かない。

そもそも原発に関連する既得権益の構造の大きさは想像を絶する。
原発関連で利益を得ている人々は、政治、経済界、官僚組織を巻き込んで巨大な力を持っているはずだ。
これらの闇の力が、マスコミをも操作出来る程のパワーを持っているとしか考えられない。

玄海原発で経済が潤う地元の人たちは再稼働に賛成だ。
再稼働で経済が順調に回る福岡県知事も同様に賛成だろう。
しかし原発の問題は、そもそもこのような限定的な地域の人たちだけの意見で左右される次元の問題ではないはずだ。

翻って管首相。
メガソーラー計画がどうこうという問題は置いておいて、再稼働に慎重になる!という方針は、根回しや手順を踏んでいては、もしかしたら知らず知らずに逆根回しで握りつぶされるので、仕方なく電撃的方向性を出しているとしか思えない。
そこまで、この日本は変質してしまっているのかもしれない。

2011年7月14日木曜日

流儀シリーズ




新幹線の中で読む本を仕入れる為に「八重洲ブックセンター」へ。
平積みされているコーナーで、「流儀シリーズ」の企画があった。

とりあえず、佐藤優の「人たらしの流儀」と伊集院静の「大人の流儀」を購入。
ペラペラと読んで、あたりさわりなければそれで終わっていたが、これは余りにもヒドイ。

作家のレベルがこんなモノなのかどうかは別として、
このレベルの内容を書籍としてリリースしようと思う作家本人の精神構造を疑ってしまう。
笑えてしまう。
いい大人がこんなことを・・・・。


以下、ブックレビューです。------------

人たらしの流儀 [単行本(ソフトカバー)] 佐藤 優 (著)
国家の重責を担い外交の最前線で闘った佐藤優氏の情報収集法、読書術、人脈構築と活用法といったノウハウをビジネスマンに伝授。

大人の流儀 伊集院 静 (単行本 - 2011/3/19)
内容説明
苦難に立ち向かわなければならないとき。
人に優しくありたいと思ったとき。
どうしようもない力に押し潰されたとき。
自分のふがいなさが嫌になったとき。
大切な人を失ってしまったとき。
とてつもない悲しみに包まれたとき。

こんなとき、大人ならどう考え、
どう振る舞うのだろう。

内容(「BOOK」データベースより)
大好きな人に手紙を書きたくなったとき。上司に意見をしなければならないとき。人を叱らなければならないとき。大切な人を失ってしまったとき。嫌でもケンカをしなければならないとき。とてつもない悲しみに包まれたとき。こんなとき、大人ならどう考え、どう振る舞うのだろう。